日本オミックス医療学会/春季講演会を開催
日本オミックス医療学会は、3月21日、一橋大学・一橋講堂(東京・千代田区)にて、春季講演会、および同学会の理事長である田中 博氏(東京医科歯科大)の退官記念シンポジウムを開催した。開催テーマは「生命・医療情報学の発展へ向けて」。
開会に先立ち、松原謙一氏(阪大)が挨拶を述べ、続いて春季講演会第1部「生命知を探求する」で、2名の演者が講演。まず合原一幸氏(東大生産技術研究所)が「複雑系数理モデル学の生命・医療情報学への応用」について述べた。
数理モデル学の医療システムへの応用を研究対象とする同氏は、講演の中で「数理モデルに基づくテーラーメードな前立腺がん・内分泌療法」の研究成果を報告。「内分泌療法を行ったり止めたりする間欠療法において、適応患者や効果を発揮するサイクルを個別に予測・確定することが可能になってきた」と語った。その他、病気になる前に発病を予知するための新しいバイオマーカー、“動的ネットワークバイオマーカー”研究の現況と展望についても言及した。
北野宏明氏(システム・バイオロジー研究機構)は、「システムバイオロジーの今後の展開」を演題に講演。現在手がけるプロジェクトとして、システムバイオロジーの知識やデータ、解析方法等の世界的な流通を主目的として構築した“ガルーダ・プラットホーム”の概要について述べた。同氏はこの統合システムを「バイオメディカル関連のソフトウェアやクリニカルデータベース、ウェアラブルデバイスなどを、世界の企業や研究所が連動的に活用できるようにするためのオープンプラットホーム」と定義づけ、今後の目標として「人工知能システムの取り込み」を掲げた。
第2部「到来するゲノム医療」では、油谷浩幸氏(東大先端科学技術研究センター)が「ゲノム:個体から1細胞へ」をテーマに講演。同氏は日本でのゲノム解析技術と疾患解析の歩みを振り返った後、次世代がんプロジェクトの中で行われている研究成果の1つとして、悪性転化例のエクソン解析などグリオーマの研究を紹介。ゲノム研究の行方について、「今後ますます高次な解析が必要になってくるし、ゲノムを医療で実践するために、電子カルテとの連携などの体制づくりが今まさに必要とされている」と結んだ。
続いて菅野純夫氏(東大大学院)が「次世代シークエンサーを用いた1細胞解析」について講演。同氏はシングルセルによるゲノム解析の研究内容や進捗状況等について、ヒト肺腺がん細胞株や薬剤耐久株ごとの比較などの事例を挙げて述べた。また、今後の課題としてビッグデータから必要な情報を抽出する労力の負担軽減を挙げ、「次世代の抽出ツールとして、インテリジェントな人工頭脳の実用化を切に望む」と語った。
辻 省次氏(東大)は、「ゲノム医療実現への展望」について講演。同氏はゲノム医療実現において最重要視すべきは「医療への応用を考えた場合、疾患に対する治療効果が大きいこと」とし、実現に際して「臨床的有用性が確立されたゲノム要因の医療への実装を進めつつ、未解明のゲノム要因解明を進展させる研究を、いかに最適なバランスとタイムラインを組み立てて進めていくかが今、最も求められている」と述べた。
また、臨床研究の報告としては、東大病院がミッションの1つに掲げる孤発性疾患の疾患関連遺伝子解明について、多系統萎縮症を例に挙げて報告。ゲノム医療の展望に関しては、「診断をゲノム解析により確定し、それに基づいて最適な治療を選択・提供できるようになることが望ましい流れだが、現状では診断が不確定なゲノム研究の必要性の方が大きいと考えている」と述べた。
春季講演会に続き、田中 博氏が「生命知とより良き医療を求めて」と題した特別講演を行った。同氏は講演に先立ち、「今回は講演内容を私自身の生命観としたい」と述べ、「生命とは何か」という問いに複雑系生物学からアプローチした生命論について語った。
田中氏は生命の普遍的形式として、Morowitzが唱えた「非平衡の流れは循環過程を起こす」という非平衡循環構造による代謝ネットワーク(円環)と、情報による秩序形成を挙げ、これらの概要について解説。その中で「生命はまず非平衡循環構造である」と指摘した上で、「エントロピーの格差が生む(熱力学的な)円環により、生物は宇宙で生存でき、進化もできるし、継続して存在できる。また、その円環は元に戻るのではなく、絶えず余剰を生み出す自己触媒反応(自己再生産ネットワーク)としても働く」と述べた。
情報による秩序形成については、一定基準以上に複雑な構造のものは情報に基づかないと自己組織化ができないことを、ウィルスを例に挙げて説明。「タバコモザイクウィルスは分解しても自己集合化により元に戻るが、バクテリオファージは分解されると遺伝子がないと元に戻らない。その意味では、情報(による秩序形成)が生命を作っているといえる」と語った。
生命とは何かの回答については、「1つが自己回帰システムである」と指摘。その理由について「(生命を司る)3つ(非平衡循環系の自己再生産ネットワークと膜区画自己再生産ネットワーク、情報マクロ分子ネットワーク)の自己回帰システムが共通であったため、1つのシステムに統合できた(細胞的生命ができた)」と語った。続いて「もう1つは、円環構造の中にある自己触媒反応。つまりは自分自身の単なる継続よりも多くを生産する能力であって、増大する余剰を情報(マクロ分子)ネットワークが適切に制御することで、生命が維持される」と指摘し、講演を終えた。
最後に浅野茂隆氏(東大)が閉会の辞を述べ、同会は盛況のうちに終了した。
なお、同日夜、帝国ホテルにおいて田中 博氏の退官記念祝賀会が、多数の参加者を迎え盛大に行われた。